■ 危機は自作自演なのか?
人類の歴史を振り返ると、危機がない時代にも、なぜか自ら新たな課題を作り出してきたように思えます。
・ 戦争が終われば、次は経済競争
・ 経済が安定すれば、今度はAIや気候変動の不安
・ 個人レベルでも、落ち着いた人生に飽きて「何かしなきゃ」と焦り出す
これは、「危機があると燃える」という生存本能なのか、それとも、「危機を作らないと、生きてる実感が得られない」だけなのか。
安定が怖くて、人間同士で自作自演の危機を演出している気がします。
■ 感情は消費されるエネルギーである
危機が起きると、感情が動きます。
不安、怒り、焦り、期待、そして安堵。
人は、感情を通じて「今ここにいる」「存在している」という感覚を得ているようにも見えます。
最近、こんなふうに考えるようになりました。
感情は、ただ起こるものではなく、燃料=エネルギーとして消費されるものではないか?
不安や不満のない社会は理想かもしれませんが、人間が感情エンジンで動いている以上、揺らぎは常に発生します。
むしろ、それが生きている証であり、進化の起点、生存本能なのかもしれません。
■ なぜ人は平穏に飽きるのか?
少し視点を変えると、危機ではなく、退屈こそが、最も避けたい状態なのかもしれません。
・ 順調なプロジェクトにひとこと言いたくなる
・ うまく回っている会社に改革を起こしたくなる
・ 何も問題がない日常が、物足りないと感じてしまう
こうした刺激を求める動きは、個人にも組織にもあります。
私はそれを、揺らぎを自作する人間の本能だと受け止めるようにしています。
■ AIにこの感情は模倣できるか?
さて、こうしたわざと感情を動かす癖を、AIが再現できるでしょうか?
可能ではあるが、発生させる条件・タイミングが、おそらく、難しい。
なぜならAIは、効率や目的に基づいて最適化を行う存在。
「意味のない感情の起伏」や「意図のない行動」や「日曜日の夕方 明日仕事かあ…という気持ち」を経験する動機がないのです。
逆に言えば、こうした無駄とも言える揺らぎにこそ、人間の居場所が残されているのかもしれません。
■ 揺らぎを観察し、受け止める余裕を
問題は起きるし、感情も揺れるし。
でも、そのたびに「なぜこんなことが…」とストレスを感じるのではなく、
「変化の兆しが生まれている」と受け止められるかどうか。
揺らぎを排除するのではなく、まず観察し、意味を探す。
この受け止め方こそが、変化を先取りできる人の共通点だと感じます。
感情や混乱の中に、次の問いが眠っている。
だからこそ、受け止める余裕こそが、最大の知性なのかもしれません。
一言まとめ
人間は、感情を燃料に進化してきた生き物。
わざわざ危機を作るのは、生きている証かもしれない。
そしてその揺らぎを「受け止める余裕」こそが、次の時代を開く力になる。
受け止めた後、受け流すか否かの判断するだけ。
オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.
角本康司
