Netflixを開いて、あれも違う、これも違うと30分。
結局、何も決められずにYouTubeを見る。
これ、ただのあるあるではありません。
選択肢が多すぎる時代に起きる主導権喪失です。
情報戦の正体
Netflixは選ばせる設計。YouTubeは決めたように感じさせる設計。
人は疲れると、自分で選ぶことをやめ、アルゴリズムに判断を委ねます。
つまり、選べる自由が、決められない不自由に変わるということです。
ここで韓非子の言葉が思い浮かびます。
人の智、萬を擇ぶに苦しむ。故に、策は専にして用うべし。
選択肢が増えるほど、人は迷う。
私が言いたいのは、2,000年前も、今も、人間は変わっていないということです。
戦略的に見ると、Netflixを30分探してYouTubeに逃げる行為は、自分で選んだのではなく選ぶことを放棄した状態。
主導権は、自分から外部へ出ています。
では、そうならないためのアクションを考えてみる。
・法(仕組み):視聴リストを事前に10本決める
・術(操作):時間×気分で観るジャンルを固定する
・勢(ポジション):YouTubeのおすすめを意図的に育てる
精神論ではなく、仕組みで勝つようにする。(勝ち負けではないのだが)
実は組織にも同じことが起きていることがないだろうか。
・会議で決めきれない
・提案は多いが実行が進まない
これもすべて、選択疲労。
個人で起きることが、仕事で起きないとは限らない。
大事なことは、主導権は選んだ者ではなく選ばせた者にある。
そう意思決定はその場で悩むものではなく、先に決めておくものだと思う。
そう考えると、皆さん、最近自分で考えて選択をしていますか?
知らず知らずのうちに、選ばされているだけの人生になっていませんか?
オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.
角本康司
