第100話:目的は向う岸にある

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本州と四国を結ぶ瀬戸大橋。
何度渡っても、すごい橋だなと思う。

車が走り、電車が走り、人も物も行き交う。

今では当たり前の景色になっているけれど、昔は海だった。

渡りたければ船に乗るしかなかった。

そう考えると、この橋を最初に考えた人たちは、なかなか変わっている。

海を見ながら、ここに橋を架けようと思ったのだから。

 

先日、橋を渡りながら、ふと思った。

AIは、この発想をするだろうか。

もちろん、橋の設計はできる。

構造計算もできる。

最適な材料も選べるだろう。

でも、ここに橋が必要だという最初の想像は難しい気がした。

 

なぜなら、AIは困っていないからだ。

 

向こう岸へ行けなくて不便だ。

もっと早く行きたい。

もっと多くの人をつなげたい。

そんな不満や欲求を持たない。

 

人間は不思議な生き物で、足りないものを見つける。不便を発見する。

そして、「だったらこうしたらいいんじゃないか」と考える。

想像の始まりは、いつも不便の発見なのかもしれない。

 

だから、人間にとって大切なのは知識ではなく、

何が足りないかを感じる力ではないかだと思う。

 

そして、その先に創造がある。

橋もそうだったのだろう。

ただ、ここで一つ面白いことがある。

橋が完成すると、人は橋を渡ることに慣れてしまう。

そして、なぜ橋が必要だったのかを忘れる。

便利になるほど、目的を忘れる。

 

これは仕事でも同じだ。

会議をすることが目的になる。

資料を作ることが目的になる。

AIを使うことが目的になる。

 

本来は違う。

会議も資料もAIも、全部手段だ。

目的ではない。

 

橋を架けた人たちの目的も、橋を作ることではなかったはずだ。

人をつなぐことだったのかもしれない。

地域を発展させることだったのかもしれない。

物流を変えることだったのかもしれない。

いずれにしても、橋そのものではない。

向こう側にあった。

 

だから、AIが当たり前になる時代ほど、忘れてはいけないことがあると思う。

 

目的から考えることだ。

目的があって手段がある。

手段があって目的があるのではない。

 

手段→手段→手段 になった瞬間、

人はどこへ向かっているのかわからなくなる。

 

瀬戸大橋を渡りながら、そんなことを考えた。

橋は海の上に架かっている。

でも本当に架けるべき橋は、目的と手段の間にあるのかもしれない。

 

AIに仕事を奪われると恐れているけど、実は、自分で大事な何かを手放そうとしていないかい?

人間らしさって、橋を架けることではなく、

どこへ行きたいのかを考え続けることなのかもしれない。

目的は、いつも向こう岸にあるのかもしれない。

 

AIの時代だからこそ、向こう岸を決める仕事だけは人間に残されている気がした。

 

オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.

角本康司

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