意見は真っ二つだ。
私は、この論争そのものがとても面白いと思った。
私も、AIが出てくるまでは、音楽とは何かを真剣に考える機会は、それほど多くなかった。
ところがAIが登場した途端、世界中で同じ問いが始まった気がする。
音楽とは、技術なのか。才能なのか。感情なのか。
それとも、人生そのものなのか。
AIは、膨大な楽曲を学び、短時間で新しい曲を作る。
そのうち、人間より売れる曲も増えていくのだろう。
では、人間は何を歌えばいいのだろう。聞けば良いのだろう。
私は、そこが一番面白い問いだと思う。
人間は、上手さでAIに勝とうとする必要はないのかもしれない。
完璧な音程。
完璧なリズム。
完璧な作曲。
そこはAIが得意になる世界だ。
でも、人生はコピーできない。
失敗したこと。
恋をしたこと。
大切な人を失ったこと。
夢を諦めたこと。
もう一度立ち上がったこと。
そんな人生は、その人にしか歌えない。
だから、AI音楽が広がれば広がるほど、人間の歌には、別の価値が生まれる気がする。
歌は、誰かに聴かせるためだけのものではないのかもしれない。
自分のために歌う。
嬉しい日も。
悲しい日も。
一人で口ずさむだけでもいい。
上手い、下手は関係ない。
自分の人生を、自分の声で歌うことに意味があるんじゃないだろうか。
そう考えると、AI音楽論争は、AIが人間を超えるかという話ではない。
人間は、何を表現したいのか、そんな問いを、私たちに投げかけているのだと思う。
そして、こういう問いには、おそらく答えはない。
だから論争は終わらない。
いや、終わらない方がいいのかもしれない。
答えがないから、人は考え続ける。
考え続けるから、音楽も、人間も、進化していく。
だから、このAI音楽論争は、きっと Forever なのだ。
そして、私は、答えがない問いは、誰かが真剣になりすぎるので、今後議論はやめておこうと思った。
オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.
角本康司
