事務職がなくなる。
翻訳者が不要になる。
デザイナーが減る。
プログラマーも危ない。
ホワイトカラーの仕事が消える。
確かに、そういうことは起きると思うし、もう起きている。
文章を書く。
資料を作る。
調べる。
要約する。
翻訳する。
アイデアを出す。
これまで人が時間をかけてやっていたことを、AIは数秒で返してくる。
便利である。 ものすごく便利である。
僕も毎日使っている。
意図的に使わなくても、検索するだけで組み込まれているのが実情だ。
ただ最近、少し違うことが気になっている。
AIが本当に奪うのは、仕事なのだろうか。
もしかすると、もっと根本的なもの。
人間の欲そのものを、少しずつ薄めていくのではないか。
そんなことを考えている。
また面倒なことを考え始めてしまった。
AIのせいではない。
たぶん、僕の性格の問題である。
人類は、ずっと不足によって動いてきた。
お腹が減るから、食べ物を探した。
寒いから、服を作った。
遠くへ行きたいから、船を作った。
空を飛びたいから、飛行機を作った。
文明の多くは、不足から生まれている。
足りない。
困った。
悔しい。
なんとかしたい。
このあたりが、人間を動かしてきた。
そして、それは物理的な不足だけではない。
認められたい。
勝ちたい。
見返したい。
モテたい。
負けたくない。
誰かに分かってほしい。
寂しい。
不安だ。
悔しい。
こういう面倒くさい感情が、人を動かす。
かなり人間臭いし、これが人間だ。
でも、たぶん創造の根っこには、こういうものがある。
きれいな理想だけで、人はそんなに動かない。
少なくとも僕は、そんなに高尚な人間ではない。
悔しいから頑張る。
負けたくないから考える。
誰かに喜んでほしいから動く。
あの時の自分を超えたいから、もう一歩やる。
そういう、説明しづらい熱がある。
それが人間だと思う。
ここでAIが出てくる。
AIは、その不足を短時間で埋め始めている。
分からないことを聞けば、すぐ答える。
悩みを書けば、整理してくれる。
文章が苦手でも、整えてくれる。
アイデアがなくても、何個も出してくれる。
孤独でも、返事をしてくれる。
これは、すごい。が、怖い。
なぜならAIは、知識の不足だけではなく、精神的な不足にも入り始めているからだ。
昔の機械は、体の不足を補った。
車は、歩く距離を伸ばした。
洗濯機は、洗う手間を減らした。
重機は、人間の力では持てないものを持った。
つまり、肉体の外側を拡張してきた。
でもAIは違う。
AIは、頭の中に入ってくる。
考える。
悩む。
整理する。
相談する。
共感される。
言葉にする。
かなり人間の内側に近い場所へ入ってきている。
ここが、これまでの道具と少し違う気がしている。
昔は、分からないことがあると、本を読んだ。
人に聞いた。
展示会を歩いた。
先輩に怒られながら覚えた。
現場で失敗して、胃が痛くなりながら学んだ。
今は、AIに聞けば、かなりの答えっぽいものが返ってくる。
もちろん、それで助かる。
僕も何度も助かっている。
でも、あの遠回りや、恥や、失敗や、無駄な時間は、本当に全部いらないものだったのだろうか。
ここが分からない。50年生きていたせいで気になるのだろうか?
製造業でも同じだと思う。
図面だけ見れば、簡単そうに見える。
材料のスペックだけ見れば、できそうに見える。
加工条件だけ見れば、理屈では成立しそうに見える。
でも実際の現場では、そう簡単にいかない。
貼り合わせたら歪む。
抜いたらバリが出る。
搬送でズレる。
材料ロットで変わる。
量産した瞬間に、理論が裏切ってくる。
結局、現場で痛い目を見た人間だけが持っている感覚がある。
それは、効率だけでは身につかない。
AIがどれだけ賢くなっても、そこにある悔しさ、胃の痛さや寝れない夜まで、本当に持つのだろうか。
ここは、かなり大事な気がしている。人間のアップデートの部分だからだ。
人間は、苦労した方が偉いと言いたいわけではない。
無駄な苦労は、なくした方がいい。
根性論で人を潰す時代でもない。
それは間違いない。
ただ、全部が楽になった時、人間は何を燃料にして進むのだろう。
ここが気になる。
AIは、努力のコストを下げる。
これは素晴らしい。
でも同時に、努力する意味も少し揺らがせてくる。
文章を書けなくても、AIが書く。
絵を描けなくても、AIが描く。
企画が出なくても、AIが出す。
考えがまとまらなくても、AIがまとめる。
すると人間は、どこで悔しがればいいのだろう。
どこで粘ればいいのだろう。
どこで、自分の未熟さに腹を立てればいいのだろう。
ここまで書くと、かなり面倒くさい人間みたいである。
実際、面倒くさいのだと思う。
でも、人間の創造力って、たぶんこの面倒くささの中にある。
不足。
不安。
怒り。
愛。
嫉妬。
憧れ。
焦り。
執念。
こういう、できれば持ちたくない感情が、人を動かしてきた。
AIがそれをきれいに整えすぎると、人間は楽になる。
でも、少し静かになりすぎる可能性もある。
便利になったのに、なぜか燃えない。
答えは出るのに、なぜか動けない。
何でもできそうなのに、何をしたいのか分からない。
そういう人が増える可能性はないのだろうか。
僕はその可能性はあると思っている。
AI時代に本当に怖いのは、人間が怠けることではなく、人間が、欲しがらなくなることかもしれない。
もっと知りたい。
もっと作りたい。
もっと勝ちたい。
もっと届けたい。
もっと変えたい。
このもっとが薄くなる。
もしそうなったら、仕事が奪われるよりも、かなり深刻だと思う。
仕事は、形を変えればいい。
しかし、欲が薄くなると、そもそも動く理由が消えていく。
人間にとって、本当に怖いのは、暇になることではない。
何もしたくなくなることなのかもしれない。
ここで、AI時代の差が出る気がしている。
AIを使って、もっと燃える人がいる。
AIを使って、今までできなかったことに挑戦する人がいる。
AIを使って、時間を作り、さらに深い問いへ向かう人がいる。
一方で、AIに答えをもらって満足する人もいる。
AIに整理してもらって、考えた気になる人もいる。
AIに慰めてもらって、動かなくなる人もいる。
間違いなく、ここで二極化する。
知識の差ではなく、欲の差である。
AI時代に希少になるのは、知識ではない。
知識は、AIが持つ。
情報も、AIが集める。
正確さも、AIが高めていく。
では、人間に残るものは何か。
僕は、かなり本気で欲だと思う。
やりたい。
知りたい。
作りたい。
勝ちたい。
変えたい。
届けたい。
誰かを驚かせたい。
誰かに喜んでほしい。
まだ見たことのない景色を見たい。
こういう、面倒で、非合理で、説明しづらい熱。
これが、最後に残る人間の価値になるのかもしれない。
AIが進化すると、人間の知識量はそこまで意味を持たなくなる。
でも、何に火がつくかは、人によって違う。
同じAIを使っても、出てくるものは違う。
なぜなら、問いが違うからだ。
問いが違うのは、欲が違うからだ。
欲が違うのは、人生が違うからだ。
そう考えると、AI時代ほど、人間の人生そのものが問われる気がしている。
何を見てきたのか。
何に悔しがったのか。
何を諦められないのか。
誰に何を届けたいのか。
どんな未来を見たいのか。
このあたりは、AIに代わりに持ってもらうものではない。
いや、持ってもらった瞬間に、人間の中心が少し空洞になる気がする。
ここまで書いて、また怖くなってきた。
AIは、仕事を奪うのではなく、人間から欲を薄めていく。
もしそうだとしたら、本当に変わるのは、社会ではなく、人類そのものかもしれない。
もちろん、考えすぎかもしれない。
でも最近、AIと話している時間が増えるほど、人間同士で本気で悩みながら話す時間の価値を感じるようになっている。
答えが出ない話。
効率の悪い話。
まとまらない話。
でも、なぜか熱が生まれる話。
そういうものが、これから意外と大事になる気がしている。
AIは、答えをくれる。
でも、人間は、欲を持つ。
AIは、整理してくれる。
でも、人間は、混乱しながらも前に進む。
AIは、効率化してくれる。
でも、人間は、無駄の中で何かを見つける。
たぶん、ここに差がある。
そして、第3話を書いていて思った。
AI時代に一番危ないのは、AIを使うことではない。
AIに欲まで預けてしまうことかもしれない。
何をしたいか。
何に燃えるか。
何を諦められないか。
そこまでAIに決めてもらうようになったら、もう人間はかなり危ない。
たぶん、その時は仕事を奪われたのではない。
自分の中心を、少しずつ手放したのだと思う。
その中心が大事な気がするのだが、その中心って具体的になんなのだろうか。
……と、ここまで書いておきながら、今日の僕もAIにかなり助けてもらっている。
特に都会の道順や効率的な行き方など、すぐに質問してしまう。
偉そうなことを言える立場ではない。
ただ、まだ自分で悩んでいる。
まだ自分で、これは何なのだろうと考えている。
だから、ぎりぎりセーフということにしておきたい。
残り2話。題は最初に決めていたが、内容を書けるのだろうか?
ここまで来ると、もはやAIの話なのか、人間の話なのか、よく分からなくなってきた。
でも、たぶんそこが一番大事なのだと思う。
そして、そう書いておけば、それっぽくまとまった気がする。
ただまとまってないから、こんなにダラダラと長い文書になっている、人間だもの。
オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.
角本康司
