第111話:○○放題

公開日:

私は、放題という言葉が好きだ。

食べ放題。飲み放題。歌い放題など。

この二文字が付くだけで、何だか得をした気分になる。

若い時は、すごくワクワクした。

 

最近、そもそも放題って、なんやねん?と思い、ふと気になって調べてみた。

 

放題は、もともと「思いのまま」「好き勝手」という意味で使われていた言葉だという。

今でも「やりたい放題」「好き放題」という言葉には、その名残がある。

 

ちなみに、英語には「放題」という一語はない。

食べ放題は all-you-can-eat。

直訳すると、「あなたが食べられるだけ食べられる」。

自由を表現しているというより、「能力の上限」まで利用できる、という発想みたいだ。

 

一方、中国語では「任吃(好きなだけ食べる)」「任喝(好きなだけ飲む)」と言う。

「任」という字には、「任せる」「自由にしてよい」という意味があるらしい。

つまり、

日本語は「放つ」。

英語は「できるだけ」。

中国語は「任せる」。

同じサービスでも、言葉の切り口がまったく違うことが理解できた。

 

言葉を調べると、その国のものの見方まで見えてくる気がして、これは面白い。

 

そして、考えさせられたことだが、本当に価値があるのは、この「放題」なのだろうか。

 

食べ放題でも、食べ過ぎれば苦しくなる。(やせる宣言したはずなのに)

飲み放題でも、飲み過ぎれば後悔する。(世界中で何度も後悔してきた)

もし働き放題なら、いつか体を壊す。

 

このことから、わかったことは、自由だから幸せなのではない。

自由をどう使うかで、その価値が決まるということだ。

 

ドラッカーは、「自由とは責任そのものである」という趣旨の考えを残している。

 

そう、自由とは、好き勝手に振る舞うことではない。

自分で判断し、自分で責任を負うことだ。

 

ビジネスも同じだと思う。

裁量を与えることは、「何をしてもいい」という意味ではない。

自ら考え、自ら決め、その結果に責任を持つことを信じて任せるということだ。

 

「放題」という言葉を聞くと、ワクワクしてしまうが、

本当に豊かなのは、何でもできることではないんだな。

 

必要なところで立ち止まり、必要なところでやめることができる人。

自由を楽しみながら、責任も引き受けられる人。

 

そんな人こそ、本当の意味で「放題」を使いこなしているのかもしれない。

そして私は、これからは「放題」よりも、「適度」と「年相応」という言葉を、もう少し好きになった方がいいのかもしれない。

 

オーティス株式会社 OTIS Co.,Ltd.

角本康司

CONTACT お問い合わせ

岡山 / Okayama

0867-42-3690

東京 / Tokyo

03-6810-4830

お問い合わせはこちら