【1】はじめに
半導体産業は、過去70年の間に驚異的な進歩を遂げてきました。
しかし今、その成長の「壁」に直面しています。
技術、環境、人材、地政学、そして倫理。
これらの課題をどう乗り越えるかが、次の50年を決める鍵となります。
【2】技術的課題:微細化の限界
半導体の進化を支えてきたムーアの法則(集積度2年で2倍)は、
すでに限界を迎えつつあります。
・微細化が2nm以下になると「量子トンネル効果」により電子が漏れる。
・パターン形成が極端に難しく、製造コストが急増。
・EUVリソグラフィ装置の価格は1台数百億円規模。
→ 今後は「小さくする」から「構造を変える」「機能で勝つ」へ。
【方向性】
・3D積層(TSV、Chiplet)
・GAAトランジスタ、ナノシート構造
・AIによる回路最適化設計
【3】材料・物性の課題
シリコンの性能は限界に近づいており、新材料への移行が急務です。
・SiC(炭化ケイ素):高耐圧・高温対応(EV・パワー半導体)
・GaN(窒化ガリウム):高周波特性(5G・充電器)
・Ga₂O₃(酸化ガリウム):次世代パワー素子
・グラフェン、CNT、2D材料:ポストシリコン材料として注目
→ 材料ごとに製造条件・装置が異なり、
「装置開発と材料開発の協調」 が求められる時代に。
【4】環境・エネルギー課題
半導体製造は極めてエネルギーを消費します。
・製造時のCO₂排出、超純水・化学薬品の大量使用
・PFAS(有機フッ素化合物)規制への対応
・廃棄時のリサイクル問題(レアメタル・希ガス回収)
【対応方向】
・カーボンニュートラル工場(再エネ+排出削減)
・PFASフリー材料・洗浄技術の開発
・クローズドループ生産(廃水再利用・材料循環)
→ グリーン半導体こそ次世代の競争力要素。
【5】人材・教育の課題
先端半導体の研究・設計・製造を担う人材が世界的に不足しています。
・理系離れ、製造業離れの加速
・AIや量子、ナノテクの複合知識が必要
・現場・研究・経営をつなぐ「統合人材」が足りない
【対応方向】
・教育現場と企業現場の連携(産学融合)
・AI・物理・経営を横断できる人材育成
・技能継承のデジタル化(ナレッジ共有・DX教育)
→ 半導体産業は技術の集合体であり、人の集合知でもある。
【6】地政学的リスク
半導体は国家の戦略物資となり、世界的な争点になっています。
・米中対立による輸出規制(先端製造装置・AIチップ)
・台湾海峡リスク(世界供給の約7割が台湾)
・供給網の分断(サプライチェーンの再構築)
【対応方向】
・生産拠点の多極化(日本・米国・EUへの分散)
・材料・装置の自国調達率向上
・経済安全保障の強化(補助金・技術保護政策)
→ 「どこで作るか」よりも、「どこで止まらないか」が重要。
【7】経済・コスト構造の課題
・先端工場の建設コストが1兆円を超える。
・EUV露光装置の価格・保守費が膨大。
・研究開発の分担構造(設計 vs 製造)に格差。
→ 単独企業では賄えない時代。
共同開発、国家支援、企業連合の動きが進む。
(例)Rapidus(日本)、IMEC(ベルギー)、TSMC+Sony(熊本)
【8】倫理・社会的課題
AIや半導体が人の意思決定を代替する時代、
技術の“使い方”にも倫理的視点が求められます。
・監視社会、個人情報の濫用リスク
・軍事利用と民生利用の境界
・テクノロジー依存による「思考の退化」
→ 技術は中立ではない。
「人を幸せにするための技術であるか」 が問われている。
【9】未来の展望
これからの半導体開発は、「知能と生命の融合」へと進みます。
・AIが自ら回路設計を行う「自己進化型半導体」
・生体模倣(ニューロモルフィック)デバイス
・光・量子を使った新演算アーキテクチャ
・自然エネルギーと連動した呼吸する半導体構想
→ 技術だけでなく、「哲学・目的・美意識」を伴う進化が必要。
【10】まとめ
・微細化の限界を超えるため、新構造・新材料・新設計が進行中。
・環境・人材・地政学リスクは今後の産業存続を左右する。
・倫理・サステナビリティの視点なしに、次の発展はない。
・半導体は「知・技・心」を兼ね備えた産業へ進化していく。
【理解チェック(3問)】
1.微細化の限界をもたらす現象は?
2.半導体産業の新たな競争軸は?
3.技術の進化に必要な視点は?
コラム監修:角本 康司 (オーティス株式会社)
語学留学や商社での企画開発を経て2011年にオーティス株式会社入社。経営企画部を中心に製造・技術部門も兼任し、2018年より代表取締役として事業成長と組織強化に努めている。
※本記事は教育・啓発を目的とした一般的な技術解説であり、特定企業・製品・技術を示すものではありません。



