■熱シミュレーションとは何か
熱シミュレーションとは、製品や部品の中で、
● どこから熱が発生するか
● どの方向へ熱が流れるか
● どこに熱が集中するか
● どの程度温度が上がるか
を計算によって予測する方法である。
熱伝導、対流、放射などの現象を数値化し、設計段階で熱問題を確認する。
試作品をすべて作らなくても、複数の材料や構造を比較できるため、開発期間の短縮や設計改善に役立つ。
■シミュレーションは非常に重要である
シミュレーションには大きな価値がある。
例えば、
● ホットスポットの予測
● 材料変更による効果比較
● 放熱経路の可視化
● ヒートシンク形状の比較
● 冷却条件の検討
● 設計案の絞り込み ができる。
特に、AIサーバーや3D半導体のように、発熱源が多く、内部構造が複雑な製品では、シミュレーションなしに全体を理解することは難しい。
しかし、シミュレーション結果をそのまま実機性能と考えるのは危険である。
■シミュレーションは前提条件で決まる
シミュレーションでは、必ず前提条件を設定する。
例えば、
● 発熱量
● 材料物性
● 部品寸法
● 接触状態
● 周囲温度
● 風速
● 冷却水温度
● 放射率
● 境界条件 などである。
これらの設定が現実と違えば、計算結果も現実と違う。
つまりシミュレーションの精度は、
計算ソフトの性能だけではなく、入力条件の正しさに大きく左右される。
■発熱量が実際と違うことがある
シミュレーションでは、発熱部品の消費電力を発熱量として設定する。
しかし実際の製品では、発熱量が一定とは限らない。
例えばAIサーバーのGPUでは、
● 処理内容
● 使用率
● 動作周波数
● 電源制御
● 周囲温度
● サーマルスロットリング によって発熱量が変わる。
EVやロボットでも、走行条件、負荷、充放電状態によって発熱量が変わる。
つまり、一定発熱を前提にした計算と、
変動し続ける実機では結果が異なることがある。
■材料物性は一定とは限らない
シミュレーションでは、材料の熱伝導率を一つの数値として入力することが多い。
しかし実際には、材料物性が温度や状態によって変化する場合がある。
例えば、
● 温度によって熱伝導率が変わる
● 圧縮率によってTIMの状態が変わる
● 湿度によって樹脂特性が変わる
● 経年によって粘着材が硬化する
● 熱履歴によってゲルが変形する ことがある。
つまり、カタログ値を一つ入力するだけでは、実使用状態を完全には表現できない場合がある。
■材料の方向性を見落とすことがある
グラファイトや一部の複合材料は、方向によって熱伝導性が異なる。
面方向には熱をよく伝える。
しかし厚み方向には、同じようには伝えない。
この方向性を正しく設定しなければ、シミュレーション結果は実際と合わない。
つまり、材料名が同じでも、どの方向の熱伝導率を使うかが重要になる。
■接触熱抵抗の設定が難しい
シミュレーションと実測の差を生む大きな原因の一つが、
接触熱抵抗である。
部品同士が接しているように見えても、実際には表面凹凸や空気層がある。
そのため、界面では熱が流れにくくなる。
しかしシミュレーションでは、部品同士が完全に接触していると設定されることがある。
すると計算上は熱がよく流れる。
一方、実機では、
● 気泡
● 浮き
● 圧力不足
● 異物
● 表面粗さ
● 貼りズレ によって熱が止まる。
つまり、シミュレーションでは完全接触、実機では不完全接触という差が生じる。
■TIMの実装状態を再現するのは難しい
TIMは、熱シミュレーションで扱いが難しい材料の一つである。
TIMの性能は、
● 厚み
● 圧縮率
● 柔らかさ
● 接触圧力
● 表面状態
● 気泡
● 経年変化 によって変わる。
シミュレーションでは均一な厚み、均一な圧縮、均一な接触として扱われることがある。
しかし実機では、すべてが均一とは限らない。
そのため、TIMのカタログ熱伝導率を入力しただけでは、実際の界面性能を再現できないことがある。
■寸法公差が計算へ入っていないことがある
設計図には、基準寸法が記載されている。
しかし実際の部品には公差がある。
発熱部品の高さ。
冷却板の平面度。
放熱シートの厚み。
粘着層の厚み。
筐体の反り。
これらが組み合わさると、接触圧力や隙間が変わる。
しかしシミュレーションでは、すべて基準寸法で計算することが多い。
つまり、設計上の理想寸法と、量産品の実寸法の差が、実測との差になる。
■空気層を正確にモデル化するのは難しい
空気層は熱性能へ大きな影響を与える。
しかし実際の空気層は、
● 厚みが一定ではない
● 場所によって形状が違う
● 気泡として存在する
● 圧着によって変化する
● 温度で膨張する ことがある。
この複雑な空気層を、すべてシミュレーションへ正確に入れることは難しい。
そのため実機では、計算よりも熱抵抗が大きくなることがある。
■対流条件が現実と違うことがある
空冷では、空気の流れが重要である。
シミュレーションでは、一定の風速や均一な空気流れを設定することがある。
しかし実際の装置内では、
● ケーブル
● 基板
● 筐体
● 周辺部品
● フィルター
● ファン位置によって空気の流れが複雑になる。
一部で空気が滞留する。
想定していた場所へ風が届かない。
熱い空気を再び吸い込む。
こうした現象によって、実測温度が高くなることがある。
■液冷でも条件差は起きる
液冷では、冷却水や冷媒が熱を運ぶ。
しかし実機では、
● 流量ばらつき
● 流路抵抗
● 気泡混入
● 配管損失
● 冷却プレート内の流れムラ
● ポンプ性能変化 が起きることがある。
シミュレーションで均一な流量を設定していても、実際には局所的に冷却不足が発生する場合がある。
つまり液冷でも、理論上の冷却条件と実機条件には差が生じる。
■放射条件も結果を変える
熱は、伝導や対流だけでなく、放射でも移動する。
放射による熱移動は、表面の材質、色、粗さ、温度などに影響される。
しかしシミュレーションでは、放射を無視したり、一定の放射率を設定したりすることがある。
高温部品や真空環境では、放射の影響が大きくなる。
そのため、航空宇宙や高温装置では特に注意が必要である。
■周囲温度が一定とは限らない
シミュレーションでは、周囲温度を一定に設定することが多い。
しかし実際の使用環境では、
● 季節
● 設置場所
● 周辺装置
● 日射
● 稼働時間
● 工場空調
● ラック内温度 によって周囲温度が変わる。
例えばデータセンターでは、吸気側と排気側で温度が異なる。
EVでは、真夏の屋外と冬季では条件が大きく違う。
つまり、一つの周囲温度条件だけで評価すると、実使用環境を見落とすことがある。
■実測にも誤差がある
シミュレーションだけでなく、実測にも誤差がある。
温度測定には、
● 熱電対
● サーミスタ
● 赤外線カメラ
● 光ファイバー温度計 などが使われる。
しかし測定方法によって結果は変わる。
例えば熱電対を貼ると、そのセンサー自体が熱の流れへ影響することがある。
赤外線カメラでは、表面の放射率設定によって測定温度が変わる。
つまり、実測値も絶対に正しいとは限らない。
測定位置、測定方法、センサー固定方法まで確認する必要がある。
■測定位置が違えば温度も違う
発熱部品は、すべての場所が同じ温度とは限らない。
中央部。
端部。
表面。
内部。
接触面。
測定する場所によって温度が違う。
シミュレーションの最高温度位置と、実測センサーの位置が違えば、数値は一致しない。
つまり比較するときは、
同じ場所
同じ時間
同じ条件
で比較する必要がある。
■定常状態と過渡状態を混同しない
熱シミュレーションには、大きく分けて、
● 定常解析
● 過渡解析 がある。
定常解析は、十分時間が経過した後の安定状態を扱う。
過渡解析は、時間とともに温度が変化する状態を扱う。
実測が起動直後の温度なのに、定常解析結果と比較すれば一致しない。
逆に、実機が十分温まった後なのに、短時間計算と比較しても合わない。
つまり、いつの温度を比較しているかが重要になる。
■AIサーバーでのシミュレーションと実測の差
AIサーバーでは、GPU負荷が時間とともに変化する。
さらに、ファン回転数、液冷流量、サーマルスロットリングも変化する。
そのため、一定発熱・一定冷却で計算した結果と、実際の稼働状態には差が出ることがある。
また、TIMの圧縮状態や冷却プレートの平面度もGPUごとに異なる可能性がある。
つまりAIサーバーでは、
半導体性能
冷却制御
界面状態を同時に見る必要がある。
■EV・ESSでのシミュレーションと実測の差
EVやESSでは、多数の電池セルが使われる。
シミュレーションでは、すべてのセルが同じ発熱量、同じ接触状態として扱われることがある。
しかし実際には、
● セル内部抵抗
● 充電状態
● 劣化状態
● 接触圧力
● 冷却流量 がセルごとに異なる。
そのため、一部セルだけが高温になることがある。
つまりEV・ESSでは、平均的なセルだけでなく、
最も条件の悪いセルを見る必要がある。
■スマートフォン・ウェアラブルでの差
スマートフォンやウェアラブル機器では、内部空間が狭く、部品同士の影響が大きい。
さらに人が持つ、身につける、服で覆うなど、使用条件が変化する。
人の皮膚へ熱が逃げる場合もあれば、装着状態によって熱がこもる場合もある。
つまり人体近接機器では、標準的なシミュレーション条件だけでは実使用状態を再現しにくい。
■シミュレーションと実測は、どちらが正しいのか
シミュレーションと実測の結果が違うと、どちらかが間違っていると考えがちである。
しかし本来、両者は競争するものではない。
シミュレーションは、なぜそうなるのかを理解する道具である。
実測は、実際に何が起きているかを確認する道具である。
両方を組み合わせることで、熱設計の精度は上がる。
■シミュレーションは仮説、実測は検証
シミュレーションによって、熱の流れを予測する。
実測によって、その予測が合っているか確認する。
差があれば、原因を調べる。
● 接触熱抵抗が違うのか
● 発熱量が違うのか
● 空気流れが違うのか
● 材料物性が違うのか
● 測定方法が違うのか
そして条件を修正し、再度計算する。
つまり熱設計は、
シミュレーション
↓
実測
↓
条件修正
↓
再シミュレーション という循環で精度を高める。
■実測結果でモデルを補正する
シミュレーションモデルは、一度作れば完成ではない。
実測結果を使って補正する必要がある。
例えば、
● 接触熱抵抗を修正する
● 実際の発熱量へ変更する
● 風量を測定値へ合わせる
● 材料の異方性を追加する
● 空気層をモデルへ加える
● 温度依存物性を反映する ことで、現実に近づける。
これをモデルの検証や相関確認と呼ぶことがある。
■研究者視点 : 良いシミュレーションとは、実測と一致するモデルではなく、差を説明できるモデルである
シミュレーションの目的は、数字を実測値へ無理に合わせることではない。
重要なのは、なぜ差が出たのかを説明できることである。
接触。
空気層。
発熱変動。
寸法公差。
材料ばらつき。
これらを理解し、設計へ反映する。
その結果、別の条件でも予測できるモデルになる。
つまり良いモデルとは、単に一つの実測値と一致するモデルではなく、
現象を説明し、次の設計を予測できるモデルである。
■現場視点 :シミュレーション条件を量産工程で再現できるか
現場で重要なのは、シミュレーション通りの状態を作れるかである。
シミュレーションでは、
● 完全な位置
● 均一な厚み
● 均一な圧力
● 異物なし
● 気泡なし
● 完全接触 を前提にすることがある。
しかし量産で再現できなければ、その計算結果は製品性能にならない。
つまり、計算上成立することと、
工程上成立することをつなげる必要がある。
■シミュレーションと実測が合わない時に確認すべきこと
結果に差がある場合、以下を確認する必要がある。
● 実際の発熱量を入力しているか
● 材料物性は使用温度に合っているか
● 異方性を考慮しているか
● 接触熱抵抗を設定しているか
● TIMの実装厚みは正しいか
● 空気層や気泡を考慮しているか
● 対流条件や流量は実測値に近いか
● 部品公差や反りを考慮しているか
● 測定位置は計算結果と一致しているか
● 定常状態と過渡状態を混同していないか
● 測定方法に誤差がないか
● 量産品のばらつきを考慮しているか
つまり、差を埋めるには、材料だけでなく、構造・界面・工程・測定まで確認する必要がある。
■OTIS視点
OTISは、CFDや熱シミュレーションを専業とする会社ではない。
しかし、シミュレーションで想定した熱対策構造を、量産工程で再現しやすい部材へ加工する領域では貢献できる可能性がある。
OTIS視点で重要なのは、
● 狙った形状に加工する
● 厚みばらつきを抑える
● 貼り合わせ精度を高める
● 空気層や気泡を抑える
● 異種材料を精度よく積層する
● 自動化工程で同じ位置に供給する
● 量産時の接触状態を安定させる
● 試作条件を量産条件へ移す ことである。
シミュレーション上の性能は、設計値である。
それを実機性能へ変えるには、加工と工程による再現が必要になる。
■OTISでできること
OTISでは、
● TIM加工
● 放熱シート加工
● グラファイト加工
● 絶縁材加工
● 粘着材加工
● EMI材加工
● 金属箔加工
● 高精度打ち抜き
● 微細加工
● 高精度ラミネート
● 異種材料積層
● リール供給
● 自動化工程向け供給形態設計
などを通じて、シミュレーションで設計された熱対策構造を、実機・量産で再現しやすい形へ近づけることに貢献できる可能性がある。
■OTISの専門外
一方でOTISは、
● CFD専業解析
● 完成品全体の熱シミュレーション
● GPUや電池セル内部の発熱解析
● 冷却装置全体の設計
● 解析ソフトそのものの開発 を専門とする会社ではない。
しかし、シミュレーションで想定した部材構成を、実測・量産で成立する形にする
という領域では、重要な役割を担える可能性がある。
■この技術が重要になる産業
★★★★★ AIサーバー
★★★★★ GPU・3D半導体
★★★★★ EV・電池
★★★★★ ESS・蓄電システム
★★★★☆ ロボット
★★★★☆ スマートフォン
★★★★☆ ウェアラブル機器
■まとめ
シミュレーションと実測の差は、現実が理想条件ではないことから生まれる
シミュレーションは、熱設計に欠かせない。
しかし、シミュレーション結果は、入力した条件の中で得られた答えである。
実機では、
● 発熱量が変動する
● 材料物性が変化する
● 接触が不完全である
● 空気層が残る
● 寸法公差がある
● 流量や風量がばらつく
● 貼り合わせがズレる
● 測定にも誤差がある という現実がある。
だからこそ、シミュレーションと実測の結果には差が出る。
重要なのは、どちらか一方を正解とすることではない。
シミュレーションで仮説を立てる。
実測で現実を確認する。
差の原因を特定する。
量産工程で再現できる形へ修正する。/p>
この循環によって、熱対策は現実に近づいていく。
熱設計は、計算だけでも完成しない。
実測だけでも完成しない。
設計、材料、界面、加工、工程、測定をつなげて初めて、本当に機能する熱対策になる。
コラム監修:角本 康司 (オーティス株式会社)
語学留学や商社での企画開発を経て2011年にオーティス株式会社入社。経営企画部を中心に製造・技術部門も兼任し、2018年より代表取締役として事業成長と組織強化に努めている。
※本記事は教育・啓発を目的とした一般的な技術解説であり、特定企業・製品・技術を示すものではありません


