■なぜ「熱を広げる」必要があるのか
例えば、小さな半導体から100Wの熱が発生しているとする。
その100Wを、小さな面積のままヒートシンクへ渡そうとすると、その部分へ熱が集中する。
熱源直上だけ温度が高くなる。
周辺部分はまだ温度が低い。
つまりヒートシンク全体を十分に使えていない。
そこで、
小さな熱源
↓
広い面積へ熱を拡散
↓
ヒートシンク全体で放熱
という構造にする。
これによって、冷却部材の有効面積を大きく使うことができる。
ベイパーチャンバーの重要な役割は、
熱を捨てることではない。
小さな熱源から出た熱を、広い面積へ素早く移すことである。
■金属板でも熱は広がる
熱を広げるだけであれば、銅板やアルミ板でもできる。
銅は熱伝導率が高く、熱拡散材として非常に優れている。
では、なぜベイパーチャンバーが必要になるのか。
金属板では、熱は材料内部の熱伝導によって移動する。
熱源から離れるほど、熱が伝わるまでに抵抗がある。
特に、
・熱源が非常に小さい
・発熱量が大きい
・広い範囲へ熱を移したい
・薄い構造にしたい
という条件では、単純な金属板だけでは熱拡散が十分でない場合がある。
ベイパーチャンバーでは、内部の蒸気移動を利用することで、
金属内部の熱伝導だけに頼らず、熱を広い範囲へ運ぶ。
ここが大きな違いである。
■ベイパーチャンバーの内部構造
ベイパーチャンバーは、一般的に薄い密閉容器になっている。
内部には、
・作動液
・蒸気が移動する空間
・液体を戻すためのウィック構造 がある。
外観は薄い金属板でも、内部には熱を循環させる仕組みが存在する。
基本的な動作は、
1.発熱部の熱で作動液が蒸発する
2.蒸気が低温側へ移動する
3.低温側で蒸気が凝縮する
4.凝縮した液体がウィックを通って発熱部へ戻る
5.再び蒸発する という循環である。
■蒸発が熱を運ぶ
液体が液体から蒸気へ変わるときには、多くの熱エネルギーを必要とする。
つまり発熱部では、
液体が蒸発することで熱を吸収する。
その蒸気が別の場所へ移動し、冷たい場所で液体へ戻る。
凝縮するときには、持っていた熱を放出する。
つまり、
発熱部で熱を吸収
↓
蒸気として移動
↓
低温部で熱を放出
という形で熱を運ぶ。
これがベイパーチャンバーの基本原理である。
■「熱」そのものが移動するというより、蒸気が熱を運ぶ
金属の場合、原子や電子を介して熱が伝わる。
ベイパーチャンバーでは、それに加えて、
蒸気そのものが移動する。
このため、薄い構造でも比較的広い面積へ熱を分散できる。
特に一点に集中した熱を、面全体へ拡散させる用途と相性がよい。
■ウィック構造とは何か
ベイパーチャンバーの内部には、ウィックと呼ばれる構造が設けられる。
ウィックの役割は、
凝縮した液体を発熱部へ戻すことである。
液体は、毛細管現象を利用してウィック内部を移動する。
ウィックには、
・金属メッシュ
・焼結金属
・微細溝
・多孔質構造 などが使われる。
この液体の戻りが止まると、発熱部分へ作動液が供給されなくなる。
すると、蒸発させる液体がなくなる。
これがベイパーチャンバーの性能を左右する重要なポイントになる。
■「ドライアウト」とは何か
発熱量が大きくなりすぎると、発熱部で液体が蒸発する速度に、液体が戻ってくる速度が追いつかないことがある。
すると発熱部分の液体が不足する。
この状態を一般に、ドライアウトと呼ぶ。
ドライアウトが起きると、
・熱輸送性能が低下する
・発熱部温度が急上昇する
・ホットスポットが生じる 可能性がある。
つまりベイパーチャンバーにも、
無限に熱を運べるわけではないという限界がある。
■薄くすればよいわけではない
スマートフォンや薄型電子機器では、ベイパーチャンバーも薄くしたくなる。
しかし薄くすると、内部空間も小さくなる。
すると、
・蒸気が移動する空間が狭くなる
・ウィック構造も薄くなる
・作動液量も制限される
・内部流動抵抗が大きくなる
可能性がある。
つまり、薄型化と、熱輸送能力は単純には両立しない。
薄く作るほど、内部構造の設計精度が重要になる。
■大型化しても簡単ではない
逆にベイパーチャンバーを大きくすれば、多くの熱を広げられるように思える。
しかし面積が大きくなると、
・内部蒸気の移動距離が長くなる
・液体を戻す距離も長くなる
・平面度管理が難しくなる
・強度を確保する必要がある
・製造精度が厳しくなる
という問題が生まれる。
つまり、小型化にも限界があり、大型化にも設計課題がある。
■ヒートパイプとの違い
ベイパーチャンバーとよく似た技術に、ヒートパイプがある。
基本原理は共通している。
内部の液体が蒸発し、
蒸気として移動し、
低温側で凝縮し、
液体が戻る。
違いは主に、熱を移動させる形にある。
ヒートパイプは、細長い管状構造が多い。
そのため、A地点からB地点へ熱を運ぶことを得意とする。
一方、ベイパーチャンバーは平板状で、小さな熱源から広い面積へ熱を広げることを得意とする。
つまり、
ヒートパイプ= 熱を「運ぶ」
ベイパーチャンバー= 熱を「広げる」
と考えると分かりやすい。
ただし実際には用途が重なる場合もある。
■グラファイトとの違い
面方向へ熱を広げる材料として、グラファイトも使われる。
グラファイトは、
・非常に薄い
・軽量
・面方向の熱伝導性が高い という特徴を持つ。
ベイパーチャンバーとグラファイトは、どちらも熱拡散に使えるが、仕組みは異なる。
グラファイトは、材料そのものの熱伝導によって熱を広げる。
ベイパーチャンバーは、作動液の蒸発・凝縮によって熱を運ぶ。
そのため用途によって、
・グラファイト
・金属板
・ヒートパイプ
・ベイパーチャンバー を使い分けたり、組み合わせたりする。
■ベイパーチャンバー単体では冷却は完結しない
ここは重要である。
ベイパーチャンバーは、熱を広げる。
しかし熱を消しているわけではない。
広げた熱は、最終的に、
・ヒートシンク
・筐体
・空気
・コールドプレート
・液冷システム
などへ渡す必要がある。
つまり、
発熱体
↓
TIM
↓
ベイパーチャンバー
↓
ヒートシンク
↓
空気
あるいは、
発熱体
↓
TIM
↓
ベイパーチャンバー
↓
コールドプレート
↓
液体
というように使われる。
ベイパーチャンバーは、冷却システムの中にある熱拡散部品なのである。
■TIMとの接触が悪ければ性能は出ない
ベイパーチャンバー自体が高性能でも、発熱体から熱を受け取れなければ意味がない。
例えば、
・TIMに気泡がある
・TIMが厚すぎる
・接触圧力が不足している
・ベイパーチャンバーが反っている
・貼り付け位置がずれている
場合、熱は十分にベイパーチャンバーへ入らない。
この状態では、
ベイパーチャンバーの熱輸送能力以前に、入口で熱が止まっている。
したがって、
ベイパーチャンバーを採用したから冷えるのではなく、
熱源からベイパーチャンバーへ正しく熱を入れられることが最初の条件になる。
■平面度が重要になる
ベイパーチャンバーは平板状の部品である。
そのため、接触面の平面度が重要になる。
反りがあると、
・中央だけ接触する
・端部が浮く
・一部だけ圧力が高くなる
・TIM厚みが場所によって変わる 可能性がある。
発熱部が小さく高密度になるほど、局所的な接触状態が温度へ影響する。
つまりベイパーチャンバーは、内部構造だけでなく、外側の面精度 も重要である。
■厚み公差も接触状態を変える
ベイパーチャンバーと発熱部品の間には、限られた隙間しかない。
ベイパーチャンバー。
TIM。
絶縁材。
フレーム。
これらの厚みが積み重なって、最終的な接触圧力が決まる。
ベイパーチャンバーが厚い側。
TIMも厚い側。
筐体公差も狭い側。
これらが重なると、局所的な圧力が高くなる可能性がある。
逆に薄い側に重なると、接触不足になることがある。
つまり、
ベイパーチャンバー単体の寸法公差だけでなく、周辺部材との公差累積 を見る必要がある。
■曲げや変形によって内部構造が影響を受ける
ベイパーチャンバーは内部が中空構造になっている。
そのため、非常に薄型化すると、外力による変形への注意が必要になる。
例えば、
・組立時の締結力
・周辺部材の厚みばらつき
・落下衝撃
・筐体変形
によって局所的な圧力がかかると、変形する可能性がある。
変形が大きい場合には、
・蒸気空間が狭くなる
・ウィック構造が影響を受ける
・接触面が変形する 可能性がある。
つまりベイパーチャンバーは、薄いからこそ、周辺部材の寸法と圧力管理が重要になる。
■ベイパーチャンバーにもシール技術が必要
内部には作動液が封入されている。
つまりベイパーチャンバーは、密閉容器でもある。
内部の作動液や蒸気が漏れれば、機能しなくなる。
そのため、
・接合
・溶接
・封止
・気密性 が重要になる。
これはベイパーチャンバー本体メーカーの重要技術であり、OTISの専門領域とは異なる。
ただし、
「熱を伝える部品ほど、実はシール技術も重要」という点は、液冷と共通している。
■ベイパーチャンバーと絶縁
ベイパーチャンバーは金属製であることが多い。
そのため電子回路の近くで使用する場合、
電気絶縁
も考える必要がある。
例えば、
ベイパーチャンバー
↓
絶縁フィルム
↓
電子部品
という構造になる場合がある。
しかし絶縁フィルムを追加すれば、その層も熱抵抗になる。
薄くすれば熱には有利。
しかし薄すぎれば、
・バリ
・異物
・ピンホール
・絶縁破壊
のリスクが高くなる。
つまり、高い熱伝達と、高い絶縁信頼性の両立が必要になる。
■絶縁フィルムの形状も重要
全面を絶縁すれば安全性は高めやすい。
しかし必要以上に絶縁フィルムを広げると、熱経路へ余計な層を増やす可能性がある。
そこで、
・必要部分だけ絶縁する
・導電部との距離を確保する
・開口部を設ける
・部分ラミネートする などの設計が考えられる。
ただし部分加工すると、
・位置ズレ
・段差
・端部浮き
への管理が必要になる。
ここは精密加工が重要になる領域である。
■ベイパーチャンバーと粘着材
薄型製品では、ベイパーチャンバーを粘着材で固定する場合がある。
しかし粘着材には、
・固定
・振動吸収
・組立性向上
という利点がある一方、熱抵抗になるという問題がある。
粘着層を薄くすれば熱抵抗を減らしやすい。
しかし薄すぎると、
・表面凹凸へ追従できない
・粘着力が不足する
・反りを吸収できない 可能性がある。
つまり、貼るために必要な厚みと、
熱を通すために薄くしたいという矛盾が生まれる。
■ベイパーチャンバーの一部だけに粘着材を配置する
全面粘着では熱抵抗が増える場合、必要な場所だけに粘着材を配置することが考えられる。
例えば、
・外周だけ固定する
・一部だけ仮固定する
・熱源直上を避けて粘着材を配置する などである。
これによって熱経路から粘着材を減らせる可能性がある。
一方で、
・固定強度
・振動
・反り
・部材位置 への影響も考える必要がある。
ここでは、粘着材をどこに置くか そのものが熱設計になる。
■段差吸収も必要になる
半導体、メモリ、電源部品などは、すべて同じ高さに配置されているとは限らない。
ベイパーチャンバーのような平板部材を配置すると、
・高い部品
・低い部品
との間に隙間が生じる。
そこで、
・TIM
・ギャップフィラー
・柔軟な熱伝導シート
などを使って段差を吸収する。
しかし材料厚みが増えるほど熱抵抗も大きくなりやすい。
そのため、
高さの違いを吸収すると、
熱経路を短くするを両立する必要がある。
■複数の熱源を一枚で冷やす難しさ
ベイパーチャンバーの利点の一つは、複数の発熱源から受け取った熱を広い範囲へ拡散できることである。
例えば、
GPU。
メモリ。
電源部品。
複数の発熱源を一枚のベイパーチャンバーへ接触させることが考えられる。
しかし各部品には、
・発熱量
・高さ
・平面度
・許容温度
・必要接触圧力
の違いがある。
一枚の平板へ複数の部品を接触させる場合、
一つの部品に最適な圧力が、別の部品には最適とは限らない。
そこで、
・TIM厚み
・材料硬度
・部分的なギャップフィラー
・段差設計 などが重要になる。
まとめ
ここまで見てきたように、ベイパーチャンバーは単なる金属の熱拡散板ではない。
内部で液体が蒸発し、蒸気として移動し、低温側で凝縮し、再び発熱部へ戻る。
この循環によって、小さな熱源から広い面積へ熱を運んでいる。
しかし、その性能には限界がある。
薄くすれば内部空間が狭くなり、熱輸送能力が下がる。
発熱量が大きすぎれば、液体の供給が追いつかずドライアウトが起こる。
反りや厚みのばらつきがあれば、TIMとの接触状態が悪化し、そもそも熱が入らない。
つまりベイパーチャンバーは、内部構造の性能だけでなく、外側の接触状態によっても実力が左右される部品である。
複数の熱源を一枚で受けようとすれば、その難しさはさらに増す。
後編では、こうした特性を持つベイパーチャンバーが、実際の製品でどのように使われているのか、そしてOTISがその中でどのような役割を担っているのかを見ていく。
コラム監修:角本 康司 (オーティス株式会社)
語学留学や商社での企画開発を経て2011年にオーティス株式会社入社。経営企画部を中心に製造・技術部門も兼任し、2018年より代表取締役として事業成長と組織強化に努めている。
※本記事は教育・啓発を目的とした一般的な技術解説であり、特定企業・製品・技術を示すものではありません



