■スマートフォンでベイパーチャンバーが使われる理由
スマートフォンは、
●高性能SoC
●高速通信
●高性能カメラ
●高速充電
などによって、発熱が増えている。
しかし本体を厚くすることは難しい。
大型ファンも搭載できない。
そこで、薄い筐体内部で熱を広い範囲へ分散させる技術が重要になる。
ベイパーチャンバーによって、
SoC付近の熱
↓
筐体の広い範囲へ拡散
することで、一部分だけが極端に熱くなることを抑える。
つまりスマートフォンでは、部品を冷やすだけでなく、
ユーザーが触る表面温度を均一化する目的もある。
■AIサーバーでは高い熱流束への対応が重要になる
AI半導体では、小さな面積から大量の熱が発生する。
この熱をそのまま大型ヒートシンクへ渡すだけでは、ヒートシンク全体を十分に使えない場合がある。
そこでベイパーチャンバーなどを使って、熱を広い面積へ拡散する。
特に空冷では、
チップの小さな熱源面積
を、
ヒートシンクの大きな面積
へ変換する役割が重要になる。
将来的には、ベイパーチャンバーと液冷を組み合わせる構造も考えられる。
つまりベイパーチャンバーは、
空冷専用技術でも、
液冷専用技術でもない。
熱源と最終冷却装置の間に入る熱拡散技術である。
■3D半導体では熱を広げるだけでは足りない場合もある
3D半導体では、発熱源が内部に存在する。
そのため表面にベイパーチャンバーを置くだけでは、内部から表面までの熱抵抗を解決できない場合がある。
つまり、
内部の熱源
↓
パッケージ表面
↓
TIM
↓
ベイパーチャンバー
という前半の熱経路が重要になる。
ここで熱が止まれば、ベイパーチャンバーの性能を十分に使えない。
3D実装では、熱を広げる技術だけでなく、
内部から熱を取り出す技術が重要になる。
これは7-6で詳しく扱う。
■ロボットにもベイパーチャンバーの考え方は応用できる
高性能ロボットでは、
●AI演算装置
●モータードライバー
●バッテリー
●通信部品 などの発熱が増えている。
しかし大型ファンや大きなヒートシンクを配置しにくい。
そこで薄い熱拡散部材を使い、
局所的な熱を筐体やフレームへ広げる
という考え方が重要になる。
用途によっては、グラファイト、ヒートパイプ、ベイパーチャンバーなどの組み合わせが候補になる。
■熱を広げる方向も重要
すべての方向へ均一に熱を広げればよいとは限らない。
例えば製品の一方には、
●バッテリー
●温度に弱いセンサー
●人が触る部分 がある。
反対側には、
●金属筐体
●ヒートシンク
●冷却部材 がある。
この場合、
冷やしたくない方向へ熱を広げることは望ましくない。
そこで、
●ベイパーチャンバーの形状
●グラファイトの配置
●断熱材
●TIMの位置
●接触部位
を組み合わせて、熱を望ましい方向へ誘導する。
次世代熱設計では、熱を最大限広げるよりも、熱をどこへ広げるかが重要になる。
■形状自由度には限界がある
ベイパーチャンバーは、内部に蒸気空間やウィック構造を持つ。
そのため、一般的な金属板のように自由に穴を開けたり、複雑な形状へ加工したりできるとは限らない。
外形、曲げ、穴、切り欠きなどには、内部構造上の制約がある。
つまり、
ベイパーチャンバー本体は、通常の金属箔加工とは別の専門技術
である。
一方、その周辺に配置される、
●TIM
●絶縁フィルム
●粘着材
●EMI材
●保護材
は、複雑な形状への加工が必要になることがある。
ここが精密加工メーカーとの接点になる。
■ベイパーチャンバー周辺では多機能化が進む
実際の製品では、ベイパーチャンバー単体だけを配置するわけではない。
その周辺には、
●熱を伝えるTIM
●電気を止める絶縁材
●固定する粘着材
●ノイズを抑えるEMI材
●保護フィルム
●緩衝材
などが存在する。
つまり、熱拡散だけでなく、絶縁・固定・ノイズ・保護を同時に成立させる必要がある。
一枚一枚を別工程で貼り付ければ、位置ズレの機会が増える。
可能であれば、複数材料をあらかじめ積層して供給することで、顧客工程を減らせる場合がある。
■周辺部材の一体化という考え方
例えば、
ベイパーチャンバー
+
絶縁フィルム
+
粘着材
を必要な位置関係で一体化する。
あるいは、
TIM
+
キャリアフィルム
+
位置決め用形状
として供給する。
これによって、
●貼付回数削減
●位置精度向上
●部品管理削減
●自動化しやすさ向上 につながる可能性がある。
一方で積層数が増えれば、
●熱抵抗
●反り
●厚み
●界面 も増える。
つまり一体化は、 多ければ多いほど良い のではない。
必要な機能を、必要な層数でまとめることが重要になる。
■研究者視点 : ベイパーチャンバーは熱伝導率だけでは評価できない
ベイパーチャンバーは、単純な金属板ではない。
内部で、
●蒸発
●蒸気移動
●凝縮
●毛細管による液戻り が同時に起きる。
そのため性能は、
●作動液
●ウィック構造
●蒸気空間
●厚み
●姿勢
●熱入力
●冷却位置 などによって変わる。
単純な「熱伝導率」の一つの数字だけで、すべての性能を表すことは難しい。
さらに実製品では、
●TIM
●接触面積
●接触圧力
●周辺部材 も加わる。
したがって、ベイパーチャンバー単体ではなく、
実際の熱経路全体として評価する必要がある。
■現場視点 : 高性能部材を入れれば冷える、ではない
ベイパーチャンバーを採用した。
しかし温度が下がらない。
この場合、
ベイパーチャンバー自体の性能不足だけを疑うべきではない。
確認するべきなのは、
●発熱体との位置
●TIMの厚み
●気泡
●接触圧力
●ベイパーチャンバーの反り
●冷却側の接触状態
●熱を捨てる先 である。
ベイパーチャンバーは熱を広げる。
しかし、
入ってこない熱は広げられない。
出ていく場所がない熱も捨てられない。
熱源から排熱先まで、すべてがつながって初めて機能する。
■設計時に確認すべきこと
ベイパーチャンバーを使う場合、少なくとも次の点を確認する必要がある。
熱源
●発熱量はいくらか
●発熱面積はどの程度か
●ホットスポットはどこか
●熱をどの方向へ広げたいか
接触界面
●TIMは適切か
●TIM厚みは適切か
●気泡は発生しないか
●接触圧力は十分か
●発熱源と正しく位置が合っているか
ベイパーチャンバー
●必要な熱輸送能力があるか
●厚みは製品へ収まるか
●ドライアウトの可能性はないか
●平面度は十分か
●外力で変形しないか
周辺部材
●絶縁が必要か
●粘着材はどこに必要か
●EMI対策は必要か
●段差吸収材は必要か
●材料を一体化できるか
最終排熱
●熱をどこへ捨てるのか
●ヒートシンクか
●筐体か
●空冷か
●液冷か
ベイパーチャンバーだけを選んでも、熱問題は解決しない。
熱源から最終排熱までの一つの経路として設計する必要がある。
■OTIS視点 : OTISが狙うのは、ベイパーチャンバーそのものではなく「その上下」
OTISは、ベイパーチャンバー本体を開発・製造する会社ではない。
内部の、
●ウィック構造
●作動液
●真空封止
●蒸気流路
を設計することは専門外である。
しかしベイパーチャンバーが実際の製品で機能するためには、
その上と下に、多くの薄膜機能部材が必要になる。
例えば、
発熱体
↓
TIM
↓
ベイパーチャンバー
↓
絶縁材・粘着材
↓
ヒートシンク・筐体
という構成である。
ここで、
TIMが0.2mmずれる。
絶縁フィルムが反る。
粘着材が熱源直上へ入り込む。
気泡が発生する。
端部にバリがある。
こうした小さな加工差によって、ベイパーチャンバーの性能を十分に使えなくなる可能性がある。
つまりOTISの役割は、
ベイパーチャンバーを作ることではない。
ベイパーチャンバーへ熱を正しく入れ、正しく出すための周辺部材を成立させることにある。
■OTISでできること
OTISでは、
●TIMの高精度打ち抜き
●熱伝導シート加工
●グラファイト加工
●銅箔・アルミ箔加工
●絶縁フィルム加工
●粘着材加工
●EMI材加工
●発泡体・緩衝材加工
●高精度ラミネート
●異種材料積層
●部分ラミネート
●ハーフカット
●リール・ツー・リール加工
●自動貼付向け供給形態
●複数機能材の一体化
などを通じて、ベイパーチャンバー周辺の機能部材を量産で使える状態へ加工することに貢献できる。
特に重要なのは、
熱伝導層
絶縁層
粘着層 を、必要な位置関係で精度よく配置することである。
■OTISの専門外
OTISは、
●ベイパーチャンバー本体の設計・製造
●ウィック構造開発
●作動液開発
●真空封止技術
●ヒートシンク設計
●冷却システム全体の設計
●CFD専業解析
を専門とする会社ではない。
ただし、ベイパーチャンバーメーカー、材料メーカー、冷却装置メーカー、顧客と連携し、
ベイパーチャンバーと発熱体・冷却部材をつなぐ機能部材を量産可能な形へする
領域では貢献できる。
■この技術が重要になる産業
★★★★★ AIサーバー・高性能コンピューティング
★★★★★ 半導体・先端パッケージ
★★★★★ スマートフォン
★★★★★ 通信機器
★★★★☆ ロボット・自動化機器
★★★★☆ ウェアラブル機器
★★★★☆ 車載電子機器
★★★★☆ 高性能産業機器
■まとめ
ベイパーチャンバーは、熱を冷やす技術ではなく、熱を広げる技術である
高性能な電子機器では、
小さな場所から大量の熱が発生する。
この熱をそのまま冷却しようとすると、局所的な温度が高くなる。
そこでベイパーチャンバーは、
液体の蒸発。
蒸気の移動。
凝縮。
液体の戻り。
という循環を利用し、小さな熱源から広い面積へ熱を移す。
しかしベイパーチャンバーにも限界がある。
薄くすれば内部空間が小さくなる。
熱量が大きすぎればドライアウトする。
反れば接触状態が悪くなる。
TIMが浮けば熱が入らない。
最終的な排熱先が不足すれば熱は捨てられない。
つまり、
ベイパーチャンバーだけで熱問題は解決しない。
重要なのは、
発熱体
↓
TIM
↓
ベイパーチャンバー
↓
ヒートシンク・筐体・液冷
までを、一つの熱経路として成立させることである。
そしてOTISにとって重要なのは、ベイパーチャンバー本体を作ることではない。
その周辺に存在する、
TIM。
絶縁フィルム。
粘着材。
グラファイト。
金属箔。
EMI材。
こうした薄い機能材料を、
必要な形状・厚み・位置へ加工し、ベイパーチャンバーが本来の性能を発揮できる状態にすることである。
高性能な熱拡散部品があっても、熱の入口と出口が正しくつながっていなければ、その性能は使えない。
だからベイパーチャンバーの性能を支えるのは、
内部の高度な相変化技術だけではない。
その上下にある、わずか数十μmから数mmの界面なのである。
コラム監修:角本 康司 (オーティス株式会社)
語学留学や商社での企画開発を経て2011年にオーティス株式会社入社。経営企画部を中心に製造・技術部門も兼任し、2018年より代表取締役として事業成長と組織強化に努めている。
※本記事は教育・啓発を目的とした一般的な技術解説であり、特定企業・製品・技術を示すものではありません


